歩いて東京から大阪へ。大人の国内一人旅
この本は、漫画やドラマで有名な『孤独のグルメ』の原作者である久住昌之氏が、二年をかけて東京の神保町から大阪まで、東海道を通って西へと歩いたという記録です。
地図やネットで下調べをせずに、歩いてただただ西へ。
多くの仕事を抱えている久住氏なので何週間、何か月とまとめて歩くのではなく、一日ずつ、その日きりのいい所まで歩いたら電車で東京へ帰る。
次の散歩の時は前回歩いた所まで電車で戻って、そこから散歩の続きを再開して少しずつ先へ進んでいくというスタイル。
それを平均月一回程度のペースで行っていく。 時にはたどり着いた先でビジネスホテルなどに泊まって一泊することもあります。
苦行をしているわけではなく、大人の旅なので、終電に遅れそうになったらタクシーを使ってもいいし、途中でビールを飲んだりうまいものを食べてもいい、というルール。
もちろん食べ物も旅の醍醐味の一つです。
あくまで散歩なので、劇的なドラマがあるというわけではありません。
でも、ちょっと驚くような出来事ことがあったり、暗くなって街灯も少ない工場地帯で道に迷って焦ったり、思わぬ場所で魅力的なものを発見したり。
この一見地味な旅の記録は、魅力的でわくわくさせてくれるものでした。
二度と訪れることが無さそうな場所にあるたまたま入った店の料理がすごく美味しかったとか、見知らぬ土地の小学生にあいさつされたり、そういう出来事がいちいち味わい深く感じられます。
一人旅の孤独感、旅情、郷愁
この本の特徴の一つは孤独感だと思います。
一緒に旅をする仲間はいない。ただ一人で黙々と西へと歩く。
もしこれが普通の旅行だったら、着いた先に予約していた宿があって待っている宿の人がいたりしますが、この旅には自分を待つ者はいません。
ただ孤独に歩けるところまで歩いて、暗くなったら東京へ帰る。
一応大阪へ向かって西へ歩くという目的はあるものの、いつまでに辿り着かなければならないという目標や決まりもありません。
だから、久住氏に感情移入してまったく知らない土地を歩いていると、何だか心もとない気分になります。
今日絶対にやらなければいけないという目的やノルマが特にない(歩くこと以外)。知っている人に誰にも会わない。そしてまったく知らない土地にいる。
毎日仕事ややらなければいけないことだらけの大人が、日常からそんな自由と孤独の中へ急に放り出されたような感じは、魅力的でもあり少し怖くもあります。
そして旅情。
どんな山の中にも住めそうな土地にはちゃんと人が住んでいて、そこにはその土地の人の生活がある。
こんな場所に家がポツポツあるけど、どんな人が住んでいて買い物などはどうしているんだろう、と久住氏は想像したりします。
昭和の活気あふれる商店街に出くわし、おばちゃんたちが買い物かごをさげて行き交い笑い声が聞こえる光景に、わけもなく目頭が熱くなったり。
江戸時代に同じ道を歩いたであろう人に思いを馳せたり。時には歩きながら思わぬ記憶がよみがえることもあります。
基本は散歩なので、一直線に目的に向かって歩くわけでもありません。
雰囲気のいい道を見つければ、久住氏は遠回りをしてもそちらへ行きます。本当に散歩が好きで、心ゆくままに楽しんでいる様子が伝わってきます。
随所に挟まれているイラストがまた魅力的で、旅情を感じさせてくれます。