小金井書房ブログ

孤独、哀愁、静けさ

「やる気のある者は去れ」という言葉を実感した出来事

  

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 芸能人のタモリ氏の言葉として有名なもので、「やる気のある者は去れ」というものがあります。

 その言葉が具体的にどのような状況で発せられたのか私は知らないのですが(TV番組『笑っていいとも!』内での発言だそうです)、先日、その言葉の意味を実感するような出来事がありました。

 

いつも行くスーパーでの出来事

 私がいつも行くスーパーは、場所がエスカレーターを上がった2階にあります。

普段は比較的落ち着いた雰囲気の店なのですが、その日はエスカレーターを上がっている途中でいつもとは違う、何か異様な気配を感じました。エスカレーターの向かう先から、何やら人の大声が聞こえてくるのです。

そして数秒後に、異様な気配の原因が判明しました。

エスカレーターを上がった所で、腕に「新入社員」という腕章をつけた若い女性が、エスカレーターを上がって来る客全員に「いらっしゃいませ!!」と、店中に響き渡るほどの大きな声を掛けていたのです。

  その若い女性の隣には、上司と思われる年配の男性がいました。

 最初私は、その上司が若い女性にそういう風に大声で挨拶させているのかと思ったのですが、そうではありませんでした。

どうしてそれがわかったかというと、その上司らしき男性が女性のその様子に対して、「お客さんに緊張感を与えちゃうから…」と苦笑いでたしなめていたからです。

つまり、女性は強制されてやっているわけではなくて、自主的にそれが正しいと思って大声を出していたのです。

そして、そのあまりに大き過ぎる声は、明らかにいつもの落ち着いたスーパーの雰囲気には合っていませんし、客がゆっくりと買い物を楽しむのにもそぐわないものなのでした。

 

 さて、その新入社員の女性ですが、上司にやんわりと注意されて、「はい!」と笑顔で答えたものの、また同じように大声を出し始めました。

(ま、まったく上司の指摘が伝わっていない…)

私だけでなく、後からエスカレーターを上ってきた客たちも、「ん、何だ?」という感じでぎょっとしているのですが、彼女はとにかくできるかぎり大きな声でお客さんに声かけすることが良いことだと思って、それを実行しています。

 その若い女性は、仕事に対してやる気がないわけではありません。

むしろ、やる気に満ち溢れています。そういう意味では、勤労意欲のある優秀な社員です(私に欠けているものを持っています)。

ですから、その上司としても叱るに叱れず、注意の仕方に困っているという様子でした。

 その後、とりあえず私はいつものように店内をゆっくり回って買い物をしようと思ったのですが、どこまで行っても先ほどの新入社員さんの大声が聞こえてきます。落ち着いて買い物することができません。

もしこれが毎日続いたら、ちょっと困るな、と思いました。

そんな状況で、ふと冒頭のタモリ氏の言葉が頭をよぎったのです。

 

やる気がある人は、視野が狭くなることがある

 やる気というものは、基本的にはあったほうが良いものだと思いますが、この彼女の場合のように、やる気があればそれでいいというものでもありません。

むしろそれが裏目に出て、良くない結果につながることもあります。いわゆる、「空回り」と呼ばれたりするようなものです。

 タモリ氏は、「やる気のある奴っていうのは中心しか見ていない」というような発言をしています。

やる気に溢れている人、自信満々な人というのは、時に視野が狭い状態に陥ってしまうことがあります。

 先ほどの新入社員の女性の場合は、自分が客に対しできるだけ大きな声であいさつすることが正しいと思い込み、その場の全体の状況が見えていませんでした。せっかく上司がやんわりと注意してくれたのに、それを受け止めることもできませんでした。

もちろん、新人で緊張して余裕がなくてそうなったというのでしたら、こちらも温かい目でやり過ごすことができるところだったのですが、どうも彼女の場合は緊張しているという感じではなく、むしろ自分に過剰なほど自信を持っていてそのような行動に出ているという印象を受けました。

ですから私もつい、反発を感じてしまったのでしょう。

 考えてみると、世間ではこれと似たようなことが多くあります。

本人は何かのやる気やパワーに溢れているのですが、それが他者にとっては迷惑となってしまったりしているような状況です。

例えば、選挙カーから大音量で演説している人。

熱心に宗教の勧誘をしてくる人。

こちらが断っているのに、それでも酒を飲ませようと勧めてくる人。

自分がカラオケが好きだからといって、行きたくない人まで無理やり連れて行こうとする人。

聞いてもいないのに自分の子供やペットの話を延々としたり、写真を見せたがる人。

 みんな、周囲の人が困惑したり、うんざりしていることに気がついていません。

そういう私自身も、自分が何かに夢中になっているうちに周りが見えなくなって、後から大事なことを見落としていることに気づいて、はっとすることがあります。

 

 そういえば、以前、サッカー日本代表の遠藤保仁選手が本か何かで言っていたのですが、日本代表が試合をやる時、アウェーよりもホームでの試合の方がかえって難しいのだそうです。

というのも、ホームの大観衆と声援の中での試合は、選手たちのテンションが高くなってプレーがついつい前がかりになり過ぎてしまい、落ち着きが必要な局面で落ち着かせることができず、ゲーム運びが難しいからだとか。

 やる気に溢れていたり、何かに夢中になっているというのは、一見良いことのようですが、気をつけないと、そういったマイナスの側面も持ち合わせているのです。

 そのように視野が狭い状態になると、人は相手の気持ちに気づくことができなくなってしまったり、その場の全体の状況や、端の方にある細かい部分にまで目が行きにくくなってしまいます。

 

 先ほどのスーパーの話ですが、結局、店から帰る時も、下りのエスカレーターに乗りながら背後に彼女の大きな「いらっしゃいませ!!」は聞こえ続けました。

それを聞きながら、私は、「や、やる気のある者は去ってくれ…」(あと上司の注意をちゃんと聞いてくれ)と思ったのですが、それと同時に、あの彼女のパワーはすごいな、とも思ったのでした。

というのも、この社会の中で、誰もが彼女のように溢れるやる気やパワーがあるわけではないからです(私にはなし)。ですから、あれは彼女が持っている一つの才能なのだなと、少し感心しました。