「少年探偵団」シリーズについて
江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズといえば、ある程度以上の年齢の方は子供の頃、学校の図書館や公立図書館などであの少し不気味な感じの表紙を見た覚えのある方が多いのではないでしょうか。
このシリーズが単行本として最初に世に出たのが1930年代~60年代頃だそうですが、その後、ポプラ社から1998年に「(新)少年探偵・江戸川乱歩」という、初期のシリーズとは違う新しい表紙と挿絵が描かれたシリーズが出ていまして、初期のシリーズの絵も良かったのですが、この新しいシリーズの表紙と挿絵がまたとても良いのです。
今回はその「(新)少年探偵・江戸川乱歩」シリーズの内の一作、『宇宙怪人』について取り上げてみたいと思います。
私がこの作品でまず好きなのが文体です。「少年探偵団」のシリーズでは、地の文や話し言葉が上品というか馬鹿丁寧な感じになっていて、それが作品の強い個性と魅力になっているように感じます。
その日、平野君は、おねえさまにつれられて、お友だちのところへ遊びにいったのですが、夕がた、もうあたりがうすぐらくなってから、ふたりでおうちへ帰ってきました。
「一郎さん、どうしたの。なにを、そんなにみつめているの。」
このような丁寧な文体や言葉遣いと、登場する不気味で薄気味悪いトカゲ人間や妖しい挿絵とのギャップが、えも言われぬ面白みを醸し出しているのです。
『宇宙怪人』のあらすじと登場人物
以下、作品の大まかなあらすじ。
「平野少年が銀座で空飛ぶ円盤を目撃した次の日、ある木こりが山の中で墜落した円盤を発見し、その中から人間の姿形に似た大きなトカゲの怪物が現れて、背中に生えたコウモリのような翼で空に飛び立つのを目撃したという事件が報じられる。
また、平野少年の家の近所に住んでいて、しばらく行方不明になっていた北村青年が突然やつれた姿で帰ってきて、明知探偵事務所で驚くべき報告をする。なんと北村青年は宇宙怪人に円盤に監禁され、その間、宇宙怪人に日本語を教えさせられていたというのだ。
やがて宇宙怪人は小林少年たちの前にも現れ、平野少年の姉・ゆりかを自分の星へ連れ去ると予告する。」
作品名が『宇宙怪人』で、宇宙から来たという不気味な怪物が日本の東京に現れる。そして作者は江戸川乱歩。もうこれだけで興味をそそられませんか?
以下がこの作品の主な登場人物です。
- 明智小五郎 ― 言わずと知れた名探偵。
- 小林少年 ― 明智探偵の有能な助手。なぜか宇宙怪人に気に入られている。
- 平野一郎少年 ― きれいな顔の子ども。
- 平野ゆりか ― 平野少年の姉で音楽学校の生徒でバイオリンの天才。天女のように美しいことで評判。
- 宇宙怪人 ― 人間の形に似た大きなトカゲの怪物。背中にコウモリの羽が生えており、背広を着てソフト帽を被り、ニヤリと笑った形の銀色の仮面をつけている。
- 北村青年 ― 行方不明となっていたが、実は宇宙怪人にさらわれて山奥の円盤に閉じ込められていた。(その際、宇宙怪人に日本語を教えていたというのですが、いったいどのようにレッスンが行われていたのでしょうか)
- 木こりの松下氏 ― 山の中で墜落した円盤から出てきた宇宙怪人を目撃する。顔中に無精ひげを生やした豪胆そうな男。大木の陰に身を隠し、宇宙怪人の様子を見ていた。
- チンピラ別動隊 ― 小林少年を慕う浮浪児たちで結成された部隊。(明智探偵や正義のために頑張るけなげな子供たちの名前がチンピラって…ひど過ぎます。笑)
宇宙怪人の変態的な面白さと魅力
そして、この作品の主要キャラとも言える宇宙怪人ですが、この怪人が相当に面白いです。
人間の形をしたトカゲの怪物という挿絵による見た目は不気味で、作品中では東京のあちこちに現れては人々を恐怖で震え上がらせるのですが、隅田川の乗り合い船の片隅にうずくまっていたり、後楽園野球場のスコアボードの上に頬杖をついて寝そべっていたりと、どこかユーモラスな所もあります。
また、北村青年から地球の言葉を覚えたという宇宙怪人の話し方も独特です。
「キミ、ボクガ、ダレダカ、シッテイルネ。シッテイルネ。」
「キミノナ、ヒラノ、イチロ、ダネ、キミノアネ、ヒラノ、ユリカ、ダネ、ユリカ、オンガク、キレイ」
このような、不気味なのだけれどちょっと面白いしゃべり方をします。
そして、宇宙怪人はなぜか小林少年のことが気に入っている様子で、小林少年に、
「コワクナイヨ、ナニモシナイヨ、キミニハ、ナニモシナイヨ…」
と言ったり、冷たくヌルヌルした緑色の手で、
「キミカワイイネ」
と小林少年の顔をなでたり、どこか変態っぽいところがあります。
藤田新策氏による妖しい装丁と挿絵
ポプラ社のこの「(新)少年探偵・江戸川乱歩」シリーズの最大の魅力は、何といっても藤田新策氏による新しい装丁と挿絵にあると個人的には思います。表紙と裏表紙、それから作中に挟み込まれる挿絵は、その一つ一つが強烈な魅力に溢れています。
こればかりは文字で伝えるのが難しいので実物を見て頂くしかありませんが、その絵は昭和に出版された初期のシリーズの絵の妖しくおどろおどろしい感じを継承しつつも、よりスタイリッシュなものになっているという印象。
私はこの絵の魅力に夢中になり過ぎて、挿絵だけを何度も見返してみたり、この表紙と挿絵だけを集めた画集をぜひ出版してもらえないかと願っているほどです。
ちなみに、「少年探偵団」初期のシリーズのあの印象的な表紙を描かれたのは、柳瀬茂さんという方だそうです。柳瀬さんの絵は冒険心をくすぐるとても魅力的なもので、そのエッセンスはこの新しい表紙のシリーズにも引き継がれていると思います。
藤田新策氏の絵に興味のある方は、藤田さんのホームページをご覧ください。そちらでこの新しい「少年探偵団」シリーズの各巻の表紙を見ることができます。そちらでは、「少年探偵団」シリーズだけでなく、スティーブン・キングや宮部みゆき氏の本の表紙など、藤田新策氏が手掛けてきた様々な絵の世界を見ることもできます。
興味を持たれた方はご覧になってみて下さい。