小金井書房ブログ

平安、孤独、楽しさ

『早坂さんは時代になじめない』①

  

 

 仕事から帰るいつもの電車の中。混雑した車内のドア付近に立って、読みかけの本を読んでいる。
 ふと顔を上げると、乗客のほとんどがスマートフォンを閲覧したり、デジタル音楽プレーヤーで音楽を聴いたりしている。
 未来だと感じる。
 私は今、未来の世界にいるのだ。
 一方、私は分厚い紙の本を手に持って読んでいる。二宮金次郎の時代と同じだ。
 時代になじめない。
 そんな感覚がいつもどこかにある。
 時代はいつも目まぐるしく過ぎていく。私は、そのスピードについていくことができない。
 初めて携帯電話が世の中に登場してみんなが持つようになった時も、私はそれを持っていなかった。ようやく私も携帯電話を持つようになった頃には、世間ではスマートフォンが普及し始めていて、私が今使っている携帯電話はいつしか「ガラケー」などと呼ばれるようになり、多くの人は持たなくなった。
 今、若い人でこのガラケーを使っている人は、かなり少ないだろう。
 なぜだかわからないけれど、私は最新のものや新しいものがどうにも苦手だ。それは、古いものやレトロなものにたまらなく魅力を感じる私の性質と関係があるのかもしれない。
 そもそも、スマートフォンの「スマート」というのは英語で「賢い」という意味なわけで、その言葉がどうも好きになれない。自分のことを「賢い」と名乗るなんて、なんだかいけ好かない奴、という感じ。
 今、私の目の前の座席には、きれいなお姉さんが座っている。今時というか、流行と思われるファッションを身に付け、きれいでナチュラルなメイクをし、髪を自然な感じに明るく染めて、スマートフォンを操作している。同じ女なのに、私とは色々違う。こういう人が、社会で需要がある女性なのだろう。
 いけてない。
 そう。私はいけてない女。いけてない人間なのだろう。
 私がだめなのは、それを自覚しているのに、そこから脱するための努力ができないことだ。
 子供の頃から、一人でいるのが好きだった。小学校の時から、女子特有のグループ、人付き合いが苦手だった。社会に出てからもそう。職場でも、女には特有のグループ感覚というか連帯感のようなものがあって、それが苦手だ。
 自分は、社会一般で求められている女性像からはいつもどこか浮いている、という実感がある。
 そういえば、世間ではいつからか、「女子」という言葉をよく見聞きするようになった。小学生とか中学生の女の子のことではない。今は、三十代の女性、時には四十代や五十代の女性にも、この言葉が使われたりするのだ。
 この前、雑誌の表紙で「高齢女子」という言葉を見かけた。驚くべき出来事だ。
 「野球女子」「鉄道女子」「歴史女子」。最近、テレビで色々な「女子」たちを見たけれど、みんなちゃんとメイクをしたり、見た目には気を遣っていて、鉄道や歴史などを楽しむ一方で、世間が求めているような、可愛くて愛される「女子」になる努力を怠っていない。
 そういう女性たちを目にすると、私は女だけど「女子」ではないのだ、と思い知らされる。別に、「女子」になりたいわけではないけれど。
 だいたい、「女子」という言葉には、若く見られたいという女の願望が透けて見えて、気持ち悪い。
 でも、この社会では、「女子」ではない女は異性にはあまりモテないし、世間でも、ほとんど需要がないようだ。
 世間が女性に求めていると感じるものは、まず、見た目の美しさ、若さ、華やかさといったもの。それから愛嬌。たとえ見た目が著しく優れていなかったとしても、愛嬌があれば好かれることがあるのは、私も知っている。でも、私には、そのどちらもない。
 ああ、私が好きな江戸時代にタイムスリップできたら、どんなにいいだろう。江戸時代ならスマートフォンもないし、若作りした「女子」がもてはやされるなんて馬鹿らしいこともなくて、もっと居心地がよかっただろうに。
 でも、仮に私が江戸時代に生まれて生活していたとしても、当時の最先端の風潮に合わせることができずに、「平安時代の女」などと馬鹿にされるのではないだろうか。かなり現実的に、そうなる予感がある。
 そう思うと、ますますどんよりした気分になる。
 私は、時代というより、この世になじめない人間なのかもしれない。

 

 

 (『早坂さんは時代になじめない』
 【短編集『静かなひとり暮らしたち』収録作品】より抜粋)

 

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