小金井書房ブログ

平安、孤独、楽しさ

回転寿司屋で隣に座った女性の話

 

先日、とある回転寿司屋で一人で食事をしていた。

そこはグルメ漫画にも登場したことのある、割と名の知られた店だ。値段は安いが、いいネタを堪能することができる。

実際、食べた寿司は何を食べてもかなり美味しく、普段寿司を食べる機会の少ない私には非常に満足のいくものだった。

時刻は午後一時半くらい、客の混雑のピークもちょうど過ぎた頃で、店内は比較的空いていた。私の両隣の席も空いていた。

何皿か食べ終えた私は、味噌汁も注文したせいか思っていたよりも早く腹がいっぱいになってしまい、食べられるのはおそらくあと一皿であろうと感じていた(無理をすればもっと食べられるかもしれないが、そうするとTVの大食い選手権のように修羅場の様相を呈するおそれがあった)。

次にこの店に来ることができるのは、大分先になりそうだ。私は、その最後の一皿で何を食べようか、真剣に悩んでいた。

こんなに真剣に悩んだのはいつ以来だろうか。

おそらく、一週間ほど前に「はなまるうどん」でぶっかけうどんのサイズを小にするか中にするかで店の前で十五分ほど迷った時以来であろう。(はなまるうどんのサイズは小だと私には少な過ぎ、中だと多過ぎてどちらにするかいつも悩む)

その時、店の入り口が開き、一人の女性が店員に案内されて私のすぐ左隣に座った。

ショートヘアの三十代くらいと思われる女性だった。

その女性は席に着くなり、目の前の寿司の皿が流れているレーンには目もくれず、レーンの内側に立っている職人さんに「アンシモ」と告げた。

アンシモ? 

なんだ、それは。

そんな寿司ネタ、あっただろうか。

すると職人さんが「あん肝?」と女性にたずねた。

「アンシモ」と深くうなずく女性。

 なんだ。あん肝のことだったのか…。

職人さん、よくわかったな。もしかしてこの女性、常連なのだろうか。

今の発音や見た目から察するにこの女性、おそらく中国やそちらの方の出身の人であるようだ。

そんな隣の席の人のやり取りに気を取られつつも、私は次にどの皿を取るべきなのかを再び真剣に考え始めた。すると、隣の女性がまた

「アンシモ」

と、職人さんに告げた。

そうかそうか。この人、よほどあん肝が好きなんだなあ。

もしかして、ここのあん肝は相当美味しいのかもしれない。だったら私も一つ食べてみるか。

いや! 駄目だ駄目だ。ギャラリーに左右されているようでは。

最後はやはり、私の好きなエンガワでいくべきではないのか。

眉間に皺を寄せてひたすら思案する私。だが、隣の女性がまた

「アンシモ」

 

えっ。

ちょっと待って。

こんなに美味しいネタが沢山流れているのに、あん肝しか食べないというのはこの女性、一体どういうことなのだろうか。

ひょっとして、よほどのあん肝大好き人間なのか…?

その時、突如として湧き上がる疑念。

この女性、この店に入ってきてから「アンシモ」以外、何もしゃべっていない。

もしやこの人、自分の国から日本に来たときに

「こんにちは」「ありがとう」「アンシモ」

この3つしか覚えてこなかったのではないか?

いやまさか、そんな…。

しかし、だとしたらすごい度胸だ。そして無謀過ぎる。

「アンシモ」は、寿司屋以外ではほとんど使えないし。

というか、寿司屋もこの店以外ではおそらく通用しないし。

 

結局、その女性はあん肝だけを5皿食べ、私より先に帰っていった。

あん肝だけを10個(一皿に2個)…。

いやまあ…、回転寿司屋で何を食べようと、それは人の自由だ。

好きなネタだけをひたすら食べる。それもまた、回転寿司の楽しみ方の一つだと思う。

ただ、私は胸の内で言わずにはいられなかった。

(こ、こんなに美味しいネタが色々あるのにィ~!?)

 

そして、最後の一皿に、あん肝を注文した。