接客業、サービス業の人に横柄な客の根底に潜むもの
以前、団塊の世代が定年退職して、高齢者の趣味のサークル活動が活発になっているという特集をテレビでやっていたのですが、興味深かったのは、そのサークル内の約束事に「自慢話をしない」という項目があったことでした。
そんなルールを掲げなければならないほど、そのサークルの中には、過去の仕事での地位が忘れられずに偉そうに振る舞う人や、自分や身内の自慢話ばかりする人(特に男性)が多くて困っているのだそうです。
たしかに私の身の回りや仕事で関わってきた人の中にも、自分が他人から偉く見られたいと思っている人は大勢いました。街などでも接客業の人に横柄な態度や物言いをしている年配の男性をたまに見かけます。
私はそういう人を見ると、「この人は普段みじめな状況にある人なのだな」と思ってしまいます。
どうしてかと言うと、本当に偉い人は普段から自然と周囲の人たちに敬われているのでそんな風に無理やり偉そうにする必要がないからです。
この横柄な人たちのように、「自分を偉い人として扱え」と振る舞う人は、本当は偉く見られたいのに現実は逆で、普段周囲からまったく敬われていないために不満が溜まっているのです。
ですから、サービス業の人など反抗できない人に横柄な態度で接して、普段の不満や惨めさを解消しようとしているのでしょう。本人たちはそのことに無自覚なようですが。
惨めな人ほど自慢したいし、偉く見られたいと思う
自慢をする人もこれと同じです。人が自慢をするのは、自分で自慢しないと誰も他人がほめてくれないからです。本当に優れている人は、やはり普段から周囲の人間に自然と尊敬の念を持った態度で扱われますので、わざわざ自慢などする動機がありません。
このように、偉く見られたいとか自慢したいという気持ちというのは、多かれ少なかれ人が持っている欲望なのかもしれません。
しかし今言ったように、本当に優れている人はそんなふうに思わないものですし、思う必要がないもの。今の自分が惨めな人ほど、偉くなりたいとか自慢したいという思いに駆られるものです。
これを知っていれば、誰かが偉そうにしているのを見かけても馬鹿らしく思えるのではないでしょうか。
そして、偉くなりたいという思いが強過ぎる人は、欲望が過剰な人ということでもありますので、その意味でも危険です。荒ぶる感情を制御できない人ということですから、犯罪をする可能性も高くなります。
よくニュースでも見かけるように、偉いと言われる立場にある人、政治に関わる仕事をしている人による犯罪が割と多いのも、そのことと無関係ではないと私は考えています。
(『刺激から離れる生活』 <第5章 人間関係の刺激> より抜粋)