小金井書房ブログ

孤独、哀愁、静けさ

『レンタルビデオ店員の麻子さん』①

  

 

 レジカウンターの中で、返却ボックスに入れられた商品の返却処理をしていると、自動ドアが開いて、お客が入ってくる。
「いらっしゃいませー」
 ちらりとお客の方を見て、また作業を続ける。
 店内には、一日に百回以上は聞かされる店内放送のナレーションと曲が、無限ループで流れている。たまにいいと思う曲が流れるときは「おっ」と思うけど、そんなことはそうそうない。あまり好きじゃないアーティストの曲が一日中延々と流れているのを聴かされるのは、地味に堪える。
 でも、いつしかそんな曲も、客の理不尽なクレームの言葉も、長年の経験で「単なる音」として処理することができるようになった。
 ここは、大手レンタルビデオチェーン店の、全国に数百ある店舗の一つ。
 郊外の町にある、どこにでもあるような店。
 この職場で、わたしはもう、九年近く働いている。この店内のそれほど広くないフロアを、何年も行ったり来たりしながら、毎日仕事をしている。
 この店では、平日に店の中が客で混み合うということは、あまりない。特に、今のわたしの勤務時間帯である、午前の開店から夕方にかけてはそう。
 今はもう廃止されたけど、何年も前に、一週間の内の特定の曜日だけ、安くレンタルできるサービスを提供していた時があって、その当時はその曜日だけ、平日でもレジに行列ができるほど店が混むことがあった。
 当時は、セルフレジの機械もまだ導入されていなかったから、スタッフは貸出手続きで忙しくて大変だったけど、今思うと、当時が懐かしい。今はセルフレジが導入されたので、客は、わたしたち店員のいるレジに商品を持って来なくても、自分でレンタルの手続きができるようになった。


 午前十一時前。開店してから少し経った午前中のこの店内には、いつも気だるい雰囲気が漂っている。
 新作の棚に並べるCDが入った段ボール箱を開封していると、漫画の棚の前で、レンタル用の商品を立ち読みしている男性客が目に入った。もう、けっこう長い時間立ち読みしているので、近づいていって、丁寧に注意する。男性は、「あ、すいません」と言って、その場を離れていった。
 一冊百円程度で借りられるんだから、借りて読めよな。そう胸の内で思いつつ、また作業に戻る。
 職場は何年もずっと同じだけれど、一緒に働くスタッフは、当然ずっと同じというわけじゃない。バイトのスタッフは頻繁に入れ替わるし、長く勤めてきた同僚が辞めることだってある。それに、今いる店長が他へ移動したり、逆に他所から新しい店長がやってくることもある。
 まあ、飽きないという意味では、それはいいことだと思う。ずっと同じ職場で同じスタッフと働いていたら、飽きてきたり、息詰まったりしちゃうだろうから。特に、苦手な人とずっと長く働くなんて、耐えられない。
 もちろん、頻繁に人の入れ替わりがあると、たまに変な人が来ることもあるし、人間関係をその都度構築しなければいけないから、それはそれで面倒だけど。

 

 午後一時半。遅めの昼休みを終えてカウンターに戻ると、店内に客は一人しかいない。この時間帯にこれは、特に珍しいことじゃない。
 レジカウンター内で、同僚の紗英と少し話をする。そのあと、返却処理が終わって溜まっている商品を、棚に戻しに向かう。
 このレンタルビデオ店には、色々な客が来る。中にはもちろん、困った客もいる。客がレンタル商品を延滞しているので、こちらから督促の電話をかけたら逆にキレられたとか、商品のディスクには何も問題はないのに「再生ができない」と怒られるというような、理不尽な思いをすることもある。
 でも、わたしもここで長く働いているうちに、大抵のことには慣れて、図太くなった。

 

 

 (『レンタルビデオ店員の麻子さん』
 【短編集『静かなひとり暮らしたち』収録作品】より抜粋)

 

レンタルビデオ店員の麻子さん

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静かなひとり暮らしたち

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