小金井書房ブログ

孤独、哀愁、静けさ

『結衣さんの東京一人暮らし』②

 

 

 十分ほどで、近所のスーパーに到着する。
 最近、毎日のように来ている場所だ。本当は、単に買い物をするだけなら、三日に一回くらいだけ来ればいいんだけど、買い物をしなくても来ているので、そうなっている。
 スーパーに出かけるのは、わたしにとっては、ちょっとした憩いというか、心休まる時間だ。
 一人暮らしで、知人のまったくいない東京では、日常の中で人に会うということがなくて、この店みたいに人が多い場所にいるのが、なんとなく落ち着く。このスーパーに知っている人がいるわけじゃないけど、レジの人や店員さんの顔は覚えたので、なんとなく親しみがある。
 ここは、東京に住み始めたばかりの今のわたしにとって、家以外の、数少ない居場所といえるのかもしれない。寂しさを紛らわすことができる場所、とでもいうか。
 これは、よく行くレンタルビデオ屋なんかも同じだ。だから、スーパーもビデオ屋も、買うものや借りたいものがない時にでも、なんとなく行ってしまう。
 ショッピングカートの上に買い物カゴを乗せ、店内に流れている、このスーパーのテーマ曲みたいなものを聴きながら、ゆっくり店内を巡る。
 醤油やみりんが置かれた棚を見ていたら、わたしの背後を、高齢のおじいさんが、たどたどしい足取りでショッピングカートを押しながら、ゆっくりと通り過ぎて行った。
 この店、あらためてよく見ると、あちこちにお年寄りの姿がある。日中のスーパーは、女の人やお年寄りが多い。
 そして、夕方のスーパーには、おだやかな空気が流れている。この時間、いろんな人が、今日の夕ご飯の材料なんかの買い物をしているんだろう。みんな、何を作るのかな。
 そういえば、この店に何度か通っているうちに、客の中に、よく見かける人が何人かいることに気づいた。わたしもそうだけど、みんなだいたい、決まった時間帯に来るんだろう。


 買い物を終えてスーパーを出たら、外はだいぶ暗くなっていた。
 買ったものを前カゴに入れて、自転車に乗ろうとしていたら、同じスーパーから出てきたおばあさんが、車輪のついた小型のキャリーバッグのようなものを引いて、ゆっくり歩いていくのが目に入った。
 あれに、買ったものを入れて持ち運びしているのかな。おばあさんの歩く速度はとても遅く、なかなか前に進んでいかない。
 東京に来て感じたことの一つは、老人がものすごく多いっていうことだ。
 さっきのスーパーもそうだし、こうした道でもそう。外に出れば、老人だらけ。仕事の求人を見ても、老人介護の仕事がものすごく多い。一人暮らしのお年寄りも、かなり多いみたいだ。目の前のあのおばあさんも、もしかしたら、そうなのかもしれない。
 それと、もう一つ東京に感じるのは、人がものすごく多いということ。
 これは、知識としては知っていたことだけど、体感してみて驚いた。とにかく、どこに行っても、人がたくさんいるのだ。道を歩いていても、電車に乗っても。昼でも夜でも、人であふれている。
 そのせいで、人と人の距離がすごく近くて、歩いていると、自分のすぐ側を人が通る。電車に乗れば、他人と身体が触れ合うのも日常茶飯事だ。
 これが、わたしにはなかなか慣れることができない。なにしろ、常に広々としたところでこれまで暮らしてきたので、こういったことが、怖いとすら感じてしまう。
 でも、その一方で、これだけ大勢の人が一つの所に集まっているというのが、よくわからないけど、面白いとも思う。
 ここには、わたしが今まで、あんまり見たことがないような人たちがいる。昼間から、店で酒を飲んで楽しそうにしていたり、公園で寝そべっている大人たちなんかがいたりする。みんな、仕事とかどうなっているんだろうと思うけど、でも、そういう人たちがいてもそんなに変じゃないという空気が、東京にはある。
 そして、わたしのように立場がよくわからない、あやふやな人間も、存在を受け入れられている感じがあって、居心地はいい。そこが、わたしの地元とは、大きく違うところだ。

 

 

(『結衣さんの東京一人暮らし』
 【短編集『静かなひとり暮らしたち』収録作品】より抜粋)

 

結衣さんの東京一人暮らし

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静かなひとり暮らしたち

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