小金井書房ブログ

孤独、哀愁、静けさ

ひとりぼっち、生きるのが辛い人のための本『ムーミン童話の百科事典』

 

ムーミン童話の魅力を網羅した事典

 『ムーミン童話の百科事典』(講談社)は、ムーミン童話、小説に登場するあらゆる言葉をまとめた事典です。全部で約370ページあり、結構なボリュームがあります。

一つの項目について書かれている内容はかなり詳しく、登場人物から物語に登場する小さな道具や植物にいたるまで、多くの文字数を割いて紹介されています。

 登場人物は、スナフキンやスニフ等はもちろんのこと、フィリフヨンカ、ホムサ=トフト、ガフサ夫人、おしゃまさん、飛行おに、漁師といったマニアックなキャラまで掲載。

 道具等については例えば「なべ」という項目を見てみると、「ムーミンたちがどういう時に使うか」「帽子の代わりに被る者もいる」「ムーミンパパは海で、泳げないヘムレンおばさんをシチューなべにのせてたすけた」など、本編の中でのなべの使われ方について詳しく紹介されています。

 小説で使われているイラストもちゃんと載っていますし、事典に掲載されている言葉がシリーズ中のどの作品に出てくるものなのかもちゃんと記されているので便利です。

個々の作品のあらすじまで記載されているので、この一冊にムーミン童話の全てが網羅されていると言えるかもしれません。

 

作品に登場する、そそる食べものや飲みもの

 この事典の特徴としては、食べものや飲みものに関する言葉が割と多く掲載されているという印象を受けます。ムーミン作品においては、それだけ食べものが重要な存在になっているということでしょう。

たしかに、ムーミン作品に出てくる食べものや飲みものは、どれも魅力的でそそられます。

「キャラメル」の項目では、「ムーミンママはいつもハンドバッグや缶にキャラメルを入れていて、励ますときや寝しななどに3個ずつ配る」とあり、

「コーヒーポット」の項目には、「ものをほとんど所有していないスナフキンも、コーヒーポットはもっている。彼は、小川の水を入れ、たき火でコーヒーをわかしている」とあるなど、食べものや飲みものに関するものが登場人物と深く関わっていることがうかがえます。

 全体を通してムーミン童話に対する思いが感じられ、事典という形式ではありますがムーミン好きには読み物として深く楽しめるものになっています。

 

一人ぼっちで寂しい、生きているのが辛いと感じたら

 この事典には序文と、その他に本の後半部分に「ムーミン童話の魅力」というコラムがあります。

どちらもこの本の主要著者の一人である高橋静男氏によって書かれたそれほど長くはない文章なのですが、この二つの文章はムーミン童話と作者であるトーベ・ヤンソンを理解するのを助けてくれる貴重なものになっています。

 その序文によると、ムーミン童話の作者ヤンソン氏のもとには、1960年代初めから世界中の読者から毎年約2千通の手紙が送られてきて、その多くはひとりぼっちの寂しさや自分のいる場所がなくて辛いという思いをつづっているそうです。

そして序文の最後には、「生きているのがつらくなったと感じたときなどに、この事典を開いてみてください」と記されています。

 たしかに、この事典にもムーミン童話にも、一人で孤独な状態にある人たちの心を癒してくれるような力があると感じます。

 一つ例を挙げると、この事典には「ひとりぼっち」という項目があり、「フィンランドには近くに誰もいない森の中の一軒家で、一人静かに暮らしたいという夢を持っている人が多い」「ムーミン童話にも、好んで一人暮らしをする者が沢山登場する」ということが書かれています。

 つまり、ムーミン童話においてもフィンランドにおいても、孤独や一人ぼっちであるということはマイナスの状況ではなく、むしろ好ましい状況であると捉えられているのです。

それどころか、ヤンソン氏は孤独を「最高の贅沢」であり「誇り高い生き方」であるとさえ言っています。

 この言葉は、現在孤独感を抱えながら生きていて、そんな現状が辛いと感じている人にとっては大いに苦しみを減らしてくれるものであり、また勇気づけてくれるものではないでしょうか。

 

環境になじめない、孤立して苦しんでいる人たちに向けて

 この事典の最後には、ムーミン童話の原作者であり、作家・画家であるトーベ・ヤンソンについての年表が約40ページに渡って記載されています。

 それによると、若い頃のヤンソンは学校というものに対して「答えを知っている者(先生)が答えをきいてくることが不思議でならない」と感じていたそうで、学校が嫌いだったとのこと。だから、ムーミン童話には学校が登場しないのだそうです。

 また、ヤンソンは十代の頃学校で友達ができず、ひとりぼっちだったそうです。ムーミン作品に孤独な登場人物がよく出てくるのは、そういった背景も関係しているのかもしれません。

 この年表の中には、作者本人の貴重な言葉もいくつか記されています。

その中で、誰にために物語を書いているのかという質問に対してヤンソン氏は、

「一つは自分のため、もう一つは、なんらかの環境になじめずに苦しんでいるような人たち、社会のすみっこで見捨てられている人たちのために書いている」という発言をしています。

 このように、作者の生い立ちを通してムーミン作品に対する理解がさらに深まり、この最後の年表の部分もムーミンファンには興味深いものとなっています。

 

  最後に蛇足ですが、この本は事典というだけあって、やや大きくて重いです。買ったり図書館で借りたりする際には、それを想定しておくといいかもしれません。

 

 

ムーミン童話の百科事典

ムーミン童話の百科事典

  • 作者: 高橋静男「ムーミンゼミ」,渡部翠
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1996/05/30
  • メディア: 単行本
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