小金井書房ブログ

孤独、哀愁、静けさ

本『独居老人スタイル』(都築響一 著)について

 

 

一人暮らしの高齢者へのインタビュー本

 この本は16人の高齢者へのインタビュー集です。

高齢者といっても、定年になるまで企業を勤め上げ、結婚して子供や孫にも恵まれ、老後のお金の心配はない。そういった人は登場しません。そんな人生とは逆の人たちです。

多くは元々一人か、過去に結婚していたけれど配偶者と離婚したり死別したりで今は一人という人たち。文庫で400ページ以上あり、一人一人が長い年月を生きてきた方なので話が濃く、読み応えがあります。

 この本に登場する人に共通しているのは、趣味やライフワークに打ち込んでいて、経済的には余裕がなくても、精神面は割と充実しているという点ではないでしょうか。充実しているといっても、「今が幸せ」「充実してます!」という感じではなくて、ある種の諦めを含んだ淡々とした日々の中に少しの楽しみがあり、そんな自分の生活を受け入れ満足しているという感じです。

それから、若者にあるような変な欲がありません。功名心とか、強い承認欲求とか。あとお金もあまりありません。みなさん自分の生活スタイルを確立して、小規模でシンプルな生活を送っています。

 私が一番興味深かったのが、この本に出てくる人たちは、普段時間があっても友達や仲間で集まって過ごすという感じではあまりないということです。なんというか、一人という感じですね。普段は喫茶店に行ったり趣味に没頭したりと、一人の時間を過ごしていることが多いようでした。

老後に限らずですが、友人よりも、自分が好きなことや没頭できるものがあることの方が重要であると感じます。

 本の中では、過去に結婚を考えた人がいたけれど、経済力がなくて結婚できなかったという人の話がありました。そこでちゃんと働いてお金を稼げる人が立派な大人なのでしょうけれど、世の中すべての人が立派な大人というわけではないし、そういう上手くやれない人の方にどうも私は感情移入してしまうところがあります。

自分も立派な大人ではないからでしょう。

 

戸谷誠氏について

 登場する16人の中でも特に気になったのは、戸谷誠さんという男性です。 

戸谷氏のことは、以前NHKの『人知れず表現し続ける者たち』というドキュメンタリー番組で取り上げられていて、その存在は知っていました。廃業した実家の薬局の2階で絵を描き続けている戸谷氏と彼の絵を番組で観て、記憶に残っていました。

特に、戸谷氏の描いている絵が印象的だったのです。本人の生活状況から、暗い感じの芸術作品を作っているのかと何となく想像していたのですが、戸谷氏の描く絵はインドやメキシコの絵をイメージさせるような、明るい色使いと笑顔な感じの人物たちが登場するのが強く記憶に残っていました。

 何年か前にその番組で見た時は、結婚していた妻にも出て行かれ、収入を得る手段がなくて食べるものも困っているという様子でしたが、この本では戸谷氏が清掃の仕事に就いて、午前はその仕事に従事していることが記されていました。

そうして描かれた絵は、過去数十年の間に数回だけ小さな展覧会を画廊で開いただけとのこと。人に公開したり売ろうとしたりという気持ちがほとんどない様子でした。

番組を観たときもそうでしたが、この世でほとんど人に知られずお金にもならないのに何十年も絵を描き続けている。一人だけで。その、自分が描きたいものをただただ描くという情熱、純粋さが胸を打つものがあります。

しかし、本人には壮絶な決意や悲壮感といったものは特にない様子で、「なんで続けてんだか自分でもわからないんですよ」と言い、絵を描いていない時は道行く女性のお尻を眺めていると語るなど、あくまで気の抜けた佇まいであるのがまた面白いです。

 

独居老人スタイルという生き方

 将来、独居老人になる可能性が普通に高い自分には(そもそもその時まで生きていられるかどうかもわかりませんが)、共感するところの多い興味深い内容の本でした。また、登場するのが高齢な方々だけに、戦中や戦後のリアルな話が読めたのも個人的には貴重でした。

 今の時代、結婚しない人や子供を産まない人が増え、今後は一人で生きる高齢者がかなり増えるでしょう。一人暮らしの老人は今後もっと普通になると思います。また、この本に登場する人のように、結婚していても配偶者と離婚したり死別する可能性は誰にでもあります。

 何もかも満ち足りているというわけでは全然ないけれど、酸いも甘いも噛み分け、駄目だった過去も現在の自分の境遇も受け入れ、自分だけのささやかな楽しみを持ちながら等身大の日常を淡々と生きる。

この本に出てくる独居老人の人たちの生活スタイルは、孤独や経済的困難さを抱える人の多い今の時代を生き抜くための、一つの参考になるのではないでしょうか。