小金井書房ブログ

孤独、哀愁、静けさ

電車で隣に座った男性の話

 

 この前の日曜日、電車に乗った。

 その電車の座席は、都市部の通勤電車では一般的なロングシートと言われる型だった。私はその真ん中辺りに座りながら、少し前に動画共有サイトで見た南極のペンギンの群れについて、ぼんやりと考えていた。

 日曜の午後の車内は乗客がそれほど多くなく、私の両隣も何人か座れるほど席が空いていた。

 電車が進むにつれて次第に乗客が増えてきて、ある駅から乗って来た二人組が私の右隣に座った。二人とも四十代前半くらいの、おそらく夫婦のようだった。

 私のすぐ右隣に座ったのは男性の方で、横目で少し見えたところ、元横綱の若乃花に風貌が似ていた。少し太目な体型の上に分厚いダウンを着ていたので、やや圧迫感があるけれど、特に気になるということはない。

「若乃花に似ていますね」

 私はふとそう話しかけたい衝動に駆られたが、辛うじて抑えることに成功した。

 電車は暖房が効いていて、午後の車内には穏やかな雰囲気が漂っている。

 座ってほどなくして右隣の二人が会話を始めた。

 私は電子書籍を作ったり、こうしてブログを書いたりしている。もしかしたら何か参考になるような興味深い話が聞けるかもしれないと思い、ペンギンの群れにについて考えることは一旦止めにし、しばらくその二人の会話に耳を傾けてみることにした。

 まずわかったのは、男性はどうやら関西出身の人であるらしいということだった。基本的に標準語でしゃべっているが、ところどころに関西弁が混じっている。

 それで肝心の話の内容なのだが、何の話をしているのか、いまいちよく聞き取れない。

「あれぐらいの・・なら家賃も・・だね」

「・・だね」

 などと言っているのだが、どうもよく聞こえない。

「ちゃんとはっきりしゃべってください」

 私はそう言いたい衝動に駆られたが、辛うじて抑えることに成功した。

 どうにかちゃんと聞き取れたのは、

「じゃあ、LINEで送ろうか?」

「うん、じゃあLINEで送って」

 という箇所だけだった。

 LINEで貴乃花親方と日本相撲協会の決裂が深刻なものになったという記事のURLでも送るというのだろうか。わからない。

 途中から気がついたのだが、どうも私の隣の男性(若乃花似)が、周囲にいる人に気を遣って、意識して声を抑えているようだった。

 そのことに気づいた時、私は感銘を受けた。この人は、そういう配慮ができるスマートな人なのだな、と(体型はそこまでスマートではなかったが)。

 一般的に、公共の場で誰かと会話をしていたり携帯電話で話をしている人というのは、会話に夢中で周囲にいる人に対する配慮などどこへやら、という人が多い。また似たところでは、食事中に食べることに夢中でくちゃくちゃ音を立てることに無自覚な人もいる。

 だが、この人はそうではない。そういった人たちとは一線を画す品の良さがあるのだ。私は前者のような人々を普段頻繁に見ているため、この若乃花似の男性の奥床しさがなんだかとても新鮮に感じられた。

 このように、たとえどんな状況においても自分を客観的に見ることができる人というのは、「できる人だな」という印象を見る者に抱かせる。

 会話の内容はまったく聞き取れなかったけれど、それ以上に、世の中にはこういう人もいるという事実が、私にとっては貴重な情報となった。